[PR] 投資顧問 ひとりごと | 帰っていただけますか?

2017/05

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

<< >>


スポンサーサイト

  • -
  • スポンサードリンク
  • -
  • -

一定期間更新がないため広告を表示しています


まだ見てる人いるんかな?

と、思って覗いてみたら。
アクセス数、もちろん減ってるんだけど、
お休みします!と言って、実際全然更新しなかった間も
毎日100近くのアクセスが。
すごいね。すごいね。いや、すごいね。書いてないのにな。
ありがとうね。

お休みします!と言った、その経緯をご説明しますと。

モラリティーの日の夜、急に母が倒れて運ばれましてね。
運ばれた先の病院で、一刻を争う状態だということで緊急手術になって。
なんかそんなんでバタバタしておりました。
精神的にも張りつめてちょっとめいっぱいな感じでね。
そんな状況で、今までどおり面白おかしくブログをかけるとは思えなかったし、
でもこのブログもサイトもとても愛着があるのでほっらたかしには出来ないし、
見に来てくれる人がいたら、やっぱり「書かなきゃ」って絶対思ってしまう。
そういう性分なのでねー。
だけど、そのときの自分にとって、その「書かなきゃ」が負担になってしまうような気がしたので、おやすみしまーす!と宣言しました。
自分自身楽しんで書けなきゃ意味がないからね。

あたしは楽しくて面白くてハッピーなものを書きたい。(もちろん毒を含んだ上でね。)
自分があとから読み返して、げらげら笑うようなものがいい。
ブログ始めた時からそれはすごく思っていたことで、そのスタンスを守るために、休みました。


あ、母の手術は無事に成功し、先日、退院しました。

っつーわけで「清良さん」も復活しますかねー。
ま、適当にやりますよ。今まで通りです。

書きたいことがあったら書く。そんだけだよね。


耳に聴こえてくるものは、言ってしまえば空気の振動で
目に見えるものは、言ってしまえば光の屈折で

それらを数値化することはとても簡単なはずなんだけど

その数値の違いによって、心が動く、というのはどういうことなんだろう。
いや、心という物質があるわけじゃないよな。体に「心」なんて器官はないし。
結局は脳でその空気の振動や光の屈折を認識し、持ち得る知識に置き換えていく。
脳内で認識したその音や光が、過去の記憶や経験と結びついて深く共鳴すること。
魂が震える、とか、心が動く、とか、感動する、とかって、そういうことなのか?

大好きな曲も、空気の振動の組み合わせだし
あのひとの泣きそうな笑顔も、光の屈折率によって認識しているだけなんだけど
それによって生み出される「感動」ってなんなんだろうなぁ。
ということを、ふと考えた。帰りの電車の中で。
いや、なんとなくね。
感動のメカニズムっていうのかな。ひとはどのようにして感動するのかなって。
脳みそのどこが反応してるんだろう?
何が引っかかるんだろう?
物事を認識するところから、どういった経緯で感動に至るのかな?

うーん。考えたって、わかりゃしねーけど。
もしそういうの研究してる人がいるなら、一度でいいから一緒に飲みに行きたいね。(笑)
ま、どーでもいいっちゃどーでもいいのかも知れんが。


海に行った。入らなかったけど。
浜辺で眺めただけ。
だってあたしは吸血鬼の末裔で、日光に当たったら死んじゃう体なのだ!
(ところどころフィクションですが日光に当たれないのは本当)
海なんて、浜辺なんて、照り返しが激しくてふざけるなー!!と言った感じだ。
家族に付き合って行ったけどさ。
浜辺でビキニのギャル(いや、正直ほとんど家族連れでがっかり…)を横目に
ジーンズで日傘をさしてた場違いな女はどこのどいつだー?
……あたしだよっ!!!

というわけで、夏の海なんてTU○Eとともに消えてしまえ!と思っている清良です、どうもこんばんは。(またそんな問題発言を…)



どうでもいいことなんだけどさぁ。

「オマエいつかぎゃふんと言わせてやる!」
って言葉があるじゃない?
この『ぎゃふん』って何?どこからきたの『ぎゃふん』
そしてこんなセリフをリアルで使ってる奴っているのだろうか。
「オマエいつかぎゃふんと言わせてやる!」
あたしに向かってそんな素敵なセリフを吐き捨てる奴がいたら、
その場で何十回でも「ぎゃふん」って言ってあげるのになぁ…。

もう限界〜君に『ぎゃふん』って言うよ〜
何十回でも言ってあげる〜♪

…名曲を台無しにしてごめんなさい。

でも気になる。『ぎゃふん』って何だ。語源は何なんだ。
まぁ…どうでもいいんですけどね。
こんなことを考えてしまうのも、やはり夏の暑さのせいでしょうか。
(オマエ年中こんなこと考えてんじゃねーか!)


頭の中で描かれる素敵なモノたちを
現実の世界に変換していく時間がない。
もどかしい。


明日も早いから、寝なくちゃいけない。
夜はすぐにやってきて
朝はすぐにやってきて
明日はすぐにやってくる。
そんなんばっかり。

やりたいことを先延ばしにして、
ずっと先延ばしにしたままで死んでいくような気がする。
それはちょっとヤダな。つまんないな。
でも人間って大抵はそんなものかな。


「時間がない」って私の大嫌いな言い訳。
時間なんか努力して作るもんだ。
時間がないんじゃなくて、時間を割いてないだけだ。
「時間がない」って言っていろんなことから逃げてる自分は大嫌いだ。
(が、そういった自分を認識して、そこから脱しようとしている自分は好きだ。そりゃそうだ、あたしはナルシーだ。)



頭の中ではいっぱいいろいろあるんだけどな!
あーはやくサイトの更新を…(ってそういう話かよ!)


ごめん、ねむいし明日も早いので今日は…ごめん。ねる。


でも、すごく書きたいことがあるの。だから次回予告。
さ〜て、来週の清良さんは♪(サザエさん風)
て、来週じゃなくてたぶん明日なんだけど。


熱く語ります。
テーマは、エロスと視覚伝達




お楽しみに!うふふふふふ〜


紅く染まった空の哀しさは、何かに似ていると思いませんか?



夕陽が沈んだ直後の空がとてもきれいだった。

太陽はすごい。
あの大きな空を、大きな雲を、自分の色に染めてしまう。
夕陽が沈んだ直後、
空の端っこは紅く紅く染められて、とても美しい。
とてもよく似ている。
あの人がいなくなった後、
残された切なさと
どうしようもないほどの 愛おしさ。
とても よく似ている。

今日の空は、とてもきれいだった。


夕焼けはあの人に似ている。
美しさというものは
ほんの少し、残酷な気がする。








沈んでもなお、世界を紅く彩る太陽を見て、ショーを終えた直後の私たちに似ているなと思ったことがあります。彼が立ち去った後、私たちの心にとても鮮明に残された、切なさや愛おしさや幸福感に。きれいな夕焼けを見ると、よくそんなことを考えます。今日も、空がとてもきれいでした。


降ってくるような、というよりも
導かれているような 感覚。

例えるなら、
当てはまる方程式を見つけ、するすると答えに近づいていくときの
高揚感。


あー久しぶりだなー。この、「モノを作る」って感覚。
これが仕事でできればいいのに。
久しぶりにやってきたイマジネーションは、やっぱりプライベートでしかもミッチーさん関連なんだ。なんてことだ。(でも、私があの人を愛してやまない理由はそこにあるんだけどね。)

デザインっちゅーのは、才能だとか感覚的なものだとか思ってる人も多いかもしれないけど、いたって数学的である、数学的であるべきだと思う。
絶対的な答えが必ずある。当てはまるものが必ずある。
答えが見つかればそれはもう良いデザインに決まってるわけで。
そこにたどり着かないものは全部、価値のないガラクタで。
誰もが否定できない絶対的な答えがあるはずなんだ。
それを見つけ出さなくちゃいけないんだ。

少なくとも、自分では否定しようがない答え、が必要。

今ね、いっこ答えに導かれた感じ。
この感覚こそ、生きている中で一番の悦びなんじゃないかと思う。



意味ワカラン記事でスマン。世界に向けた「ひとりごと」だ。